西日本四国北陸旅行記6/7


前日までとはうってかわって晴天。大社のある山の方は雲がたなびいていて、出雲の名前が生まれたわけを想起させられた。
今日も山陰本線で東へ。宍道湖の美しい湖面を眺め、松江を過ぎて安来で下車。

顔はめを見て初めて安来節の安来と知った。
それはともかく、目的地は足立美術館。駅に着いたらバスのダイヤが変わってて驚いたけど、ほどなくしてやって来た乗車。

足立美術館


外から見ると普通の建物なんだけど、その中に広がる景色は見事の一言。



収蔵されてる絵画や陶芸などの美術品も十二分に素晴らしかったけど、やはり自然と一体化してとりこんでしまった庭の風景が印象に残る。
と春の境の中途半端な時期ですら強烈な印象を受けるんだから、春夏秋冬それぞれの盛りはどうなるんだか。
一通り美術館の景色を楽しんだ後は、館内のレストランでハヤシライスを食して、安来駅には戻らず米子駅へ。

大山




米子駅へ戻る途中大山が見えた。文字通り大きな山。
この後再び山陰本線に乗って鳥取まで行く途中もその威容が拝めた。しかしあんな巨大な山でも登ってしまうんだから人というのは恐ろしい。

鳥取砂丘

鳥取まで来たなら行くしかないだろってことで、電車を降りて砂丘までバスでまっしぐら。
トンネルを抜けるとそこは砂漠だった。
てな具合で、山道のトンネルを抜けると眼下に広がるのは広大な砂浜と日本海。空は晴れ渡って何も言うことのない景色だった。


ゆっくりしてると電車がなくなるので、しばらく見渡して潮風を浴びた後、駅までタクシーでまっしぐら。
石破防衛相*1の地元という話や、駅前なのに商店街が寂れてること、駅の南に出来たイオンが出来てからそれが加速したことなんかを話してくれた。それなのに、身なりから金が無いと見抜かれたのか、料金メーターより少ないお金で大丈夫と言ってくれて有り難いやら申し訳ないやら。いつか恩義に報いたいもんだ。

東へ

再び東進。

途中乗り換えた浜坂は駅前が寂れてて物悲しかった。
そして餘部を通過。北を見れば海、南を見れば山。鉄橋抜きにしても良い風景で、できれば一旦降りて外から見てみたかったけど、ダイヤがそれを許してくれない。
城崎温泉駅も駅前に足湯があるとのことで降りるか迷ったけど、その後の行程を考えて降りず。豊岡からは天橋立に行くルートを考えてのだけど、予算の都合で京都まで。結局山陰本線をほぼ横断したことになった。

京都

王将で晩飯を食った後、時刻表の広告に載ってたホワイトハウスなるホテルで就寝。3000円は安い。

*1:当時。